kanabun堂

大人になってもゲーム好き。映画も好き。猫も好き。

「僕がオンラインゲームをやらない理由」

オリジナルの小説。

「テーマ:器」「2,000文字以内」で書いて応募して見事落選したお話。

せっかくなので供養にUP。ほぼ実話。

 

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 ゲームが大好きだ。

卒業して意気揚々と就職した仕事にぼろぼろに打ちのめされ、地元に逃げ帰ってから日々陰々鬱々と引きこもっていた自分に親戚の子が「やり方がわからない」と持ってきたゲーム機を半ば奪い取るようにしてやりはじめたのがきっかけだ。空っぽだった日々をゲームは埋めてくれた。それにやればやっただけ確実に強くなる。でも人生(リアル)は違う。自分のレベルは数値化できない。

 

 だから僕はゲーム会社に就職した。……とはならなかった。

ここは九州の片田舎でゲーム会社なんてものはないし、そもそもそんなスキルもない。

だから、電気屋でアルバイトを始めた。パソコンやゲーム機、そしてゲームも売っている。

少しでも好きなものの近くに居たかった。そのうち「こちらが一番詳しいスタッフですので何でもお尋ねください」と正社員の人から紹介されるようになっていた。

 

「君が一番詳しい人?新しいオンゲで使うゲーミングPCを探してるんだけど」

常連で体格のいい近くにの工場に勤めていた温水さんが声をかけてきた。

「もしかして『リアル』のことですか?。僕まだやってないんですよね。マシンの性能が足りなくて」

 『リアル』は最近流行っているオンラインゲームの名前だ。その名の通り非常にリアルなグラフィックがウリのゲームだ。ただしそれなりに高性能のマシンと回線がないとプレイできない。

「そう確か『リアル』ってゲームだ。君も始めたら一緒にやろうよ」

気さくな温水さんのために僕は張り切って予算内で最高のパソコンを提案し、温水さんは満足して帰っていった。その後も仲良くなった常連さん達に僕はゲーム機やパソコンを紹介してどんどん売った。いつか自分もやろうと思いつつも、紺屋の白袴よろしく自分のパソコンは後回しにして日々を忙しく過ごしていた。

 

 半年以上経った頃に温水さんから「もう一台パソコンを買いたいけども全て君に任せるから適当に選んで持ってきて」と連絡があった。

最近見かけない温水さんからの依頼に僕は張り切って配達にでかけた。

『カギは開いてるよ。土足でいいから中に入ってよ』

 インターホンから聞こえてきた温水さんの言葉に戸惑いながら僕は玄関を開ける。

「うわ!なんだこれ……」

 そこは一面ゴミの山だった。ポリ袋に入ったゴミもそこら中に転がっている。いわゆるゴミ屋敷ってやつだ。

「ごめんごめん。ちょっと散らかってるけどこっちに持ってきて」

温水さんの声は奥から聞こえる。

「ちょっとどころじゃないぞ」

小声で不満を漏らしつつ、僕はパソコンが入った箱を大切に抱えて声のする方へ進んだ。

 

「ごめんね、手が離せなくてさ」

温水さんの部屋は大きなモニターがずらりと並び、そこには全て同じ映像が流れていた。

いや、よく見ると少しずつアングルが違っている。画面のキャラは華やかな衣装を身に着けた女の子だ。華奢な体に似合わず武器も防具は立派だった。

「実はもうすぐ結婚するんだけど録画用のPCの調子が悪くてね」

以前会った時より10キロ以上太ったであろう温水さんは大きな体を揺らし照れくさそうに笑った。

傍らにあるゴミ箱はお菓子とデリバリーの空き箱で一杯になっている。

「ご結婚なさるんですか、それはおめでとうございます」

 ゴミ屋敷の住人でかなり体重が多めな温水さんに結婚相手が見つかることに内心驚きつつ、僕はお祝いの言葉を伝えた。

「ああ、あっちでね」

「あっち?」

僕の質問に温水さんは嬉しそうにパソコンの画面に向かって指をさした。

「そう、これが俺。結構かわいいだろ?この界隈ではモテモテで色んな奴に求婚されたんだけど、どうしても結婚してくれってしつこい奴がいてさ。とうとう根負けしちゃったんだ。よかったら君も結婚式に誘いたいんだけどリアル始めたんだっけ?」

顔を赤らめながら一気に話す温水さんを見て、僕はだんだん手先が冷えていくのを感じていた。パソコンを渡して料金を受け取ると「仕事が忙しいので」という理由で足早にゴミ屋敷を後にした。

 

 それから温水さんは店にまったく来なくなった。温水さんだけじゃない。僕がパソコンやゲーム機を売った常連さんで『リアル』をプレイしていた常連さんが次々と来なくなった。

ネトゲ廃人なんて言葉が生まれたのもこの頃だ。

 

「まったくゲームし過ぎて現実からサヨナラしちゃうなんてな」

 店長があきれたように僕に言った。

 違う。僕は心の中で否定した。きっと温水さん達は「向こう側」に行ったんだ。温水さんにとってはあのきらびやかな女の子が現実(リアル)で、モニターの前に座っているおじさんはただの「器」なのだ。器を脱ぎ捨てて、あっち側に行ってしまったんだ。

 

 武器商人が売った武器で人が死んだ時、武器商人には責任はないのかもしれない。

でも、僕はこれからもオンラインゲームはやらない。

 

END